蛇口の虹

それはギザギザハートのわくわくだ!

電子タバコになった。よん

お題を借りる。お題「変えたいこと」

 

結婚をした。

 

昔からずっと結婚願望はないと思っていたし、よく口に出していた。

だけど、歳を重ねるにつれ、父の影がちらつくことが増えて、急に配偶者がいないことに怖くなった。

 

わたしの父親はクズだ。

あんな風に誰からも見放されて、唯一まだ嫌われてないはずと思っている私に何年も返事も来ない手紙を送り続けて、執着する父。アル中になって、家から出てって、それから呂律も回らないくらいアルコールが脳で溶けて、なんだかよくわからない保護団体の下で、生き続ける父。

最後に届いた手紙には癌になったと書いてあったけど、兄弟、親戚はどうせ嘘だろうと誰も信じていなかった。もちろん身内、わたしももう会いにいくことはない。きっと1人で死んでいくんだろう。

最後に会ったのは、十数年前に母が癌で死んだ時だった。母が死んだのを伝えに行った。

父は「あぁ、そうか〜なんだか涙は出ないわ〜」と言っていた。

そのあと古い定食屋さんに入った。

その頃私は心が病んでいて、あまり食事が喉に通らず、ひたすらにお酒だけ飲んでいるような生活だったので、目の前に出されたカツ丼にゲンナリしていた。

「タバコは吸うのか?」「父さんはもう酒飲んでない」「次いつ来る?」と次々に質問された。曖昧に返答をしていたら、父の友人らが来た。父は楽しそうに話していた。私は残ったカツ丼の玉ねぎだけをつまんで食べた。

あんな父親でも友人はできていたけど、あれは多分、ただの生活するためのコミニュティで、父なりの"普通"に生きるための、ぎりぎりの命綱だ。きっと父が死んで、涙を流すような人はいないなと、思った。

その時は私もこんな風になるのかなとなんとなく思いながら、まあそれもいいかと受け入れていた。

帰り際に一万円を私の手に握らせて、「タバコはやめろよ」と父は言って、別れた。私は特にやめようともやめないとも思わず、ただ言葉を聞いただけだった。

 

 

あの頃はあんな未来をなんとなく受け入れていたはずだけど、

歳をとって、まともに働いて、少し本音を隠すことを覚えて、ある程度楽しく過ごせる友人たちもできて、恋人ができ、社会の一部になるにつれて、急にその未来が怖くなった。

 

きっとみんなも色んな本音を隠して、色んな嘘じゃないような嘘をついている。

あの頃みたいに「病んだ」と呟いて「話聞くよ」とお互いに夢中に傷を曝け出すこともなくなった。

この歳になると、ちょっと重い話をされたとき、自分がどう思ったかより「何をいうべきか」で頭をフル回転させている。

どうすればこの人の中での自分の位置が、他の人たちより上になるか、そればかり考えて、自分がどう思ったかなんて、今じゃもう分からなくなった。それでも、なんとなく、仲良くなりたい人たちとスムーズに仲良くなれた。

 

そして、気づけば、もっと社会性が欲しくなった。

結婚をしたくなった。

国に、社会に、世の中に認められたかった。私は孤独じゃない、とアピールしたかった。

そして、無事に結婚できた。ものすごくホッとした。

 

これでもう一旦は大丈夫だと安心していたのに、婚姻届に名前を書いた時、市役所で新しい苗字を書いた時、私は、私という存在が、一気に消えた気がした。

苗字が変わった瞬間、何もかもが無くなった気がした。

 

結婚してからの方が喧嘩もなく、平和だ。

なのに私はいつまでも元の苗字でお店の予約をしたり、新しく会員カードの申し込みをしたりする。

ギリギリまで銀行やカードの名義変更もしていない。

 

友人もあれから増えた。

一緒にゲームをして、遊びに行って、たくさん喋って、私を受け止めてくれて、楽しく過ごしてくれる。

なのにずっと私は、どこかこうじゃないと言う気持ちをうっすら持ちながら、生きている。

 

かといって、その気持ちを全面に出して、一人になる勇気もない。

私は一人で生きていけない。孤独に憧れていて、孤独が心底怖い。

 

どうしたら、寂しいって思わないの。その術があれば、もっと自分らしく生きられていたんじゃないのだろうか、と常に頭にある。

 

「皆そう思う夜はある」

なんとかそう自分で慰めて、眠りにつく。

 

でも私は本当に寂しさ、孤独に弱い。悔しい。

もう少し私がそこに耐えることができれば、きっとこんな気持ちになることはなくて、私は私だと胸を張って言えたんだろうか。なりたい自分になれただろうか。こんなことを言い合える人と出会えて、ああ、いい人生だと、自分らしい、と言えたのだろうか。

 

浅野いにおの『おやすみぷんぷん』の漫画の中で、こんなセリフがあった。

 

『たった一人でいいから、頭のてっぺんからつま先まで1ミリの間違いもないくらい…完全にわかり合いたい。その人と二人きりになれるなら、他には何もいらない。もし、その夢がかなうなら、あたしはその瞬間に死んでもいい』

 

私はこのセリフを読んだ瞬間、強烈な共感と同時に、どうあがいても、そんなことは絶対にできないんだな、と感じて、悲しくなった。挫折に似た感情だった。

 

こんな今の気持ちを変えたいと思う。

今の生活を幸せに感じて、不満もない、ただただ日常を大事に過ごす。

輪を乱すようなこともしない。ただ、今を大切に。

そう、変えたいと思う。

 

でもまだ私は、「いつかこの日記を読んで、頭の先からつま先まで1ミリも分かり合える人が現れる」と奇跡をどこかで祈っている。

灰色

 

とんでもない曇り空の日、海を見ると、地平線がぼんやりとしていて空と海の境界線が曖昧になっていたりする。すごい好きだ。海面が灰色の空をそのまんま映していて、視界一面が灰色になる。こんな具合の悪そうな感じが好きだ。

 

 

この時期の生ぬるい外の空気も好きだ。

何となくあったかい、少し湿気ているこの空気とパッとしない天気。何故かわかんないけど、こんな日に外を歩くと、生きてるな〜って実感する。その辺の公園で散歩して、子供がサッカーをしている光景を見るだけで涙が出そうになったり。歳をとっただけなのかも。

 

昔はこういうことを、誰かと話したりするのが好きだったな。今はほとんどない。

でもまだ、あの頃と好きな景色は変わらない。

何となくホッとした日だった。

 

腐っていく

 

今年の1月の日記を読み返した。

そんなに退屈だったの?と、1月の自分に聞いてみたい。さっき頭の中で思い返していた1月と大分違っていて、驚いた。今の私が思い出す1月は、なんだか悪くない1月だったのに。当時の私に「そんな気に病まないで。今はどうかのんびり過ごして」と声をかけてあげたくなった。

 

 

今年は自分のいろんな考え方も変わって、人間関係も変わって、仕事も変わった。

死にたい死にたいと20代後半になっても騒いでいたのに、今では毎日死が近づいてくると思うと死ぬのがとても怖くなった。このまま時が止まってくれないかと本気で思う。

刺激より安定を好むようになった。前はたくさんの人と出会いたくて仲良くしたかったけど、今は知り合いを増やしたいとも思わなくなった。今一緒にいる人と過ごしたいし、家庭っていうものはいまだによく分からないけど、結婚もしたい。

 

年をとったせいなのか、何がきっかけで変わったのかは分からないけど、息がしやすくなった。

生きることってこんなに楽なのか。

こんな風になれたのは、色んなものを一つ一つ諦めて、手放したおかげだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は違う。

私は全てが大好きだったあの人に諦められて、手放された。

彼女は、私を人生から切り離して、行ってしまった。

みっともなく何度も縋り付いて縋り付いていたけど、ダメだった。

 

どこがダメだった、なんて、沢山すぐに思い浮かんでしまう。

 

だけど思い出を振り返っても、今じゃもう苦しいとも感じなくなってしまった。それくらいに私は私の人生に諦めてしまった。

ひたすらに安定と安心を求めて、平穏な日常を求めている。

皮肉にも、肩の力が抜けて今までで1番生きやすいと感じている。

 

 

必死に生きていた私、さようなら。

いい思い出になりました。

 

 

 

 

忙しい退屈

 

お題「気分転換」

 

またまたお題を借りた。

 

仕事で画面を見て、ご飯食べている時はYouTube見て、ソファでだらつきながらTikTokを見て、たまに友達とゲームして、気になっていた映画が配信されているのを知って飛ばしながらNetflixで見る。隙間にLINEのチェックも欠かしていないのに、足早に過ぎていくひとつひとつが軽いせいで、一年ぶりの友人からの連絡でさえも、なんでもない日常のただの通知音に感じてしまった。

『明けましておめでとう!今年は会えるといいな』

こんな悲しいことがあるだろうか。

 

まあいいや、が増えてきて生きやすくはなった。同時になにかを考えることも少なくなった。体を動かすこともせず、目に色んな映像が濁流のように流れていくだけの時間がかなり増えた。

 

こんな退屈だったけな?そんなはずなかったよな。やりたいこと、たくさんあったはずなのに。

人と話すのも億劫で、好きになることも嫌いになることもなく、まあそんなもんだよなが増えている。すごく辛いことがなくなった。

なんだか最近、人生が、生きることが、退屈で退屈で死んでしまいたいような、いやもう死んでいるような気持ちだった。

何にも価値のない、こんな退屈しか感じることができない自分に、なのに何にも動かない自分に、どうしようもなく疲れていた。おかしな話だけど、本当に自分が自分であることに疲れていた。

 

原因はたくさんある。自分のせいなのを痛感していて、余計にやるせなくなっていた。原因であろう過去の出来事たちを振り返る覚悟もなかった。だけど、一回だけほんの少し勇気を出して、苦い思い出たちをつついてみようとした。そして『今のわたしのダメなところを変えるように努力する』とか考えてみたけれど、ちょっと振り返っただけで頭と心と体が一気にずしんと重たくなった。『それ以上進むともっと辛いよ。底なし沼とわかっているところに自分から入るのはどうなんでしょう』というわたしに甘いわたしが警告してきたので、素直に従った。

 

『みんなも毎日退屈だよ。なんとか折り合いつけてるだけだよ』っていう声も聞こえた。そうだよな。そんなもんなのか?うん、そんなもんだよ。

 

 

 

 

 

 

そんな風に前に進もうともせず目の前の現状にたらたら文句だけ言って退屈そうにしていた私を、ある日、彼氏が遠出しよう、と連れ出してくれた。

 

特に場所を決めていなかったみたいで、私が適当に車のナビの地図をぴこぴこと触っていたら、伊豆の端っこの海沿いに『灯台』の文字を見つけた。なんとなく目が止まって、まあなんかこういう時にソレっぽいとこ行くもんだよな、と勝手に目的地に設定した。目的地まで3時間、と出た。

 

 

 

 

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静かな海だった。

風も波も、匂いまでも穏やかだった。

私がなんとなく浮かべていた「ソレっぽい景色」なんてクソだったと思い知らされた。あまりにも美しかった。

あ〜世界が好きだと思った。

 

この感動を口には出さなかった。きっと口にしたのは綺麗だねとか、静かだね、だとかだったと思うけど、心の中でこの感情でいっぱいだった。すごく大袈裟で、こんな言葉使うのは恥ずかしい。そう思うけど、本当の本当に、ただこれだけを感じていた。昔の人たちが短歌や詩を詠むのはそりゃ仕方ねえなと思ったし、きっとこれからも人は詠みつづけるだろうなとも思った。

学習が進んでいく人工知能も、どうせならこの感情も感じてくれないだろうか。この気持ちの詩を詠んでくれ。

人間が滅んでも、どうかこの世界を愛してほしいな。

そんなことさえ考えてしまった。

 

 

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水仙が咲いていた丘の上に灯台はあった。

さっきの静かな海よりも心は動かされなかったのは、ここにたどり着くまでの長い階段のせいだったと思う。

 

「いい日だったね〜」

と歩き疲れて、車に乗り込むや否や、そそくさと助手席で寝る準備をしている私に、彼氏は毛布を渡しながら言った。帰りももちろん3時間の運転なのに嫌な顔ひとつしていない。

いい気分転換だった。

本棚の中身

知り合いがブログを更新していて、また誘発されて何か書こうと思ってから数日経った。

こんなこと書こうって色々考えていたのに、すっかり忘れてしまったので、結局今週のお題を借りた。

「本棚の中身」

 

わたしは結構本が好きだ。

読書家とは言えないくらいだけど、中学生の時から自分でコツコツ本を買うようになって、高校卒業するときには家にはそれなりの量の本が溜まった。

家族はわたし以外誰も本を読まないので、わたししか読まれない本がちょっとかわいそうだった。

 

二十歳のとき、母が亡くなった。姉も兄も結婚して家を離れていたので、実家を引き払うことになった。とりあえず実家にものを置いておくってことができなくなり、たくさん漫画や本があったけれど、どれを捨ててどれを持っていくか選抜しなきゃいけなくなった。

 

友人と感想を言い合った小説、読んでいる途中でイライラしてやめた本、初めて自分で買った漫画とか。たくさん数はあったのに一つ一つ手に取ると、いつ買った、どんな時に読んだ、とか意外にも覚えていてびっくりした。

 

引き払うまで時間もなく、結局アントン・チェーホフの「かもめ」と、作者は忘れたけど「銀色のキス」という本、あと大好きな乙一の小説をいくつか持っていくことにした。

 

そこからまた7年間コツコツ買い漁って、今じゃ電子レンジが二つ入るくらいの段ボール二箱分になった。

好きじゃなかった本はすぐに手放すようにして、昔買った本を買い直したりもした。だから私の本棚は私の好きしかないはずなのに、可哀想なことに引っ越してからもう何ヶ月も経つけれど、まだ本たちは段ボールの中にある。

 

置くところがないと言い訳をして中々片づけない私に、彼氏が使わなくなったベッドフレームから大きい本棚を作ってくれた。

が、私は「こんなかわいい棚、飾る本を選んじゃう」と屁理屈を言って、まだ段ボール。

そうしたら、「飾らない本をしまう用の棚も作るから、飾る本と飾らない本を選別して」と言われた。

 

そして2回目の本の選抜をすることになった。二十歳の時の選抜とはまるで違うポジティブな選抜。

でも結局飾るにしろ、あの頃と同じ本を選ぶんだろうなと予感をしている。

 

本に限らず、曲や映画も10代に摂取した作品は深く強く自分に根付いていて、なかなか離れることができないという。確かにあの頃の感受性は強烈だ。全てが新しく、自分を揺るがすような感動を何度も感じた。ただ季節が変わるだけでも、心が動いた。

 

だけど、今じゃどうだ。

 

新しい本を読んだり映画を見ても、「あの作品に雰囲気似てるなあ」とか勝手にジャンル分けしてしまい、一作品としてどうしてもすんなり受け入れられない。この間桜が咲いていたのに、気づけばカエルがしつこく鳴いていて、目の前に夏がきている。すぐにこのカエルの声が蝉の鳴き声に変わる。

季節はただの変化になった。

そんな自分に気付いてはガッカリする。

 

今の自分が一番生き易いけれど、昔の自分の感性はすごく好きだった。あんな感覚で生きてきた自分が、今じゃ毎日数字と睨めっこしている。

 

そうやって変に感傷的になって、また無理やり本を片付けない理由を探している。

 

ついでに片付けが苦手なところも変わってくれたら良かったのになぁと思いながら、今日はねむることにする。

明日こそは段ボールの中身を、本棚の中身にしよう。

 

 

蝉が鳴く前に帰った

 

お昼寝をしすぎたせいか、なかなか寝付けずこんな時間になっている。

 

朝の4時半ごろ、家の近くの浜辺にお散歩をしに行った。砂浜につながる階段に座って、コンビニで買ったあんまり美味しくないコーヒーを飲みながら、タバコを吸った。うっすらと朝日が登りはじめていたけど、空は曇っている。私はイヤホンを外して、波の音と名前を知らない鳥の鳴き声と、どこを走っているのかわからない船の汽笛の音に耳を委ねながら、空の色が映っている水面をじぃっと眺めたり、滑空している鳥を目でおったり、砂浜で何か探しているような動きをしてるおじさんを見ていた。海の写真を撮ってsnsにあげてみたり、俗っぽいこともした。

 

少し時間が経つと、ちらほらと朝の散歩をしている人たちが出てきた。日課でいつも散歩をしているであろうその人たちはお互いすれ違うたびに挨拶をしている。「もう折り返してきたの?今日は早いですね」「今日は寝れなかったから、夜中の3時にガスコンロの掃除をして、部屋の片付けをしてたりしてさ〜」私の背中から聞こえる会話を盗み聞きをして、「私も今日寝れなかったんですよ」と心の中で会話に混ざったりした。

わたしに話しかけてくれるおじさんやおばさんもいた。美味しそうにタバコ吸ってるね、とか、この犬言うこと聞かないの、だとか、一言二言会話した。1番強烈だったのは腰にラジオのようなものを巻きつけて、そこからマリア様の呼吸法だかなんだかを話しているたぶん宗教の説法を垂れ流しながら、「曇りなのに暑い!」と私に吐き捨て、真横でヨガを始めたおばあちゃんがいた。そのおばちゃんをみて、何となく潮時かなと思って、家に帰った。

ちょっと夜明けに海に来ただけで、こんな面白い人たちの日常を覗き見できて嬉しい。なぜかすこし自分が特別になった気がした。

ちょうど家に着いたら、蝉が鳴き始めた。

いい日だったなぁとこのままぐっすり眠りにつきたいけど、残念ながら今日は今から始まる。なんだか妙に落ち着かないまま、とりあえず深呼吸をした。はあ、マリア様の呼吸法きいとけばよかったな。

 

午前四時

 

200日前に書いた記事の内容を鮮明に覚えていて、気恥ずかしくなって早速書くのをやめていたけど、前の会社の同期がブログを教えてくれたので、また私も書きたくなった。

 

その同期のブログを読んだ。お酒を飲んだようにテンションが高かった。とても良かった。

 

 

最近といえば、数年前に仲が良かった人たちとゲームをきっかけにまた連絡をグループラインで取り合うようになった。

まとも、とは言い難い人間ばかりだけど、すごく波長が合う。心地がいい。私というものを理解して欲しいように理解してくれているような気がする。

その人たちと眠れない夜中に昔話をしていた。当時の私がどんな風だったか例えてくれた。すごく嬉しかった。どういう例えだったのかを書くと、また気恥ずかしくなって次の記事を書くのが遠ざかるのが目に見えているので、やめておく。きっと自分が読み返した時、なんて例えてくれたか思い出すからそれでいっか。

 

 

 

 

 

 

 

今日はスーパーの帰り道に川の写真を撮った。霧が出ていた。

霧といえば、前住んでいた家の近くの公園から見える夜景が綺麗で好きだった。

特に霧が出ている日の薄暗い時は全ての光がぼやぼやと曖昧で、それを見るとなんだか安心した。私はその景色をとっても愛していた。

霧といえば、もうひとつ。去年、乗るはずだった飛行機が霧が濃くて欠航になった。

見渡す限り全てが灰色で、何も見えなかった。私が好きそうな景色だったのに、飛行機に乗れなかったせいだろうけど、心底がっかりした。そして急遽フェリーに21時間揺られた。ネットも繋がらない環境だったから、私は舷窓をスケッチした。乗る直前にダイソーで買った百均のスケッチブックと短い色鉛筆で。酷いものだった。それでも、海は霞みながらも煌めいていた。数時間前の心境とはまるで正反対に、私の心はわくわくして、この景色をそのままそっくり持って帰れたらどんなにいいだろうかと考えていた。

 

そして今日、撮った霧。いつもだったら橋から見えるはずの川をことごとく覆っていた。

私はその霧を見て、そういえばロンドンは『霧の街』と呼ばれていることを思い出した。

心はどんよりもせず煌めきもせず、もちろん愛すこともなく、本当にそれをただ思い出しただけに終わった。